ふと気が付いたら、僕は海岸に座っていた。
真珠のように輝く白い砂浜に、目の前には青と緑がグラデーションをなす透き通った海。
空は真っ青で、水平線まで見渡せば海と空の境界線が分かるが、色の違いが無ければ海と空の境目は分からないだろう。
空には太陽のような光を放つ丸いものが浮かんでいるが、太陽に比べてどこか青白く、暖かくも清々しい光なので青い太陽だと自己認識した。
「ここはどこだ」と思いながらも、僕は目の前に拡がる美しい風景を目に焼き付けたくて、しばらくそのまま眺めていた。
どれくらいの時間が経っただろう、その場を充分満喫できたので、僕はその場から移動することにした。
振り返ると後ろには緑が拡がっていて、空は相変わらず真っ青だ。
拡がる緑の中に一本の道が見えて、僕はそこから緑の向こう側へ進む事にした。
人がいないのでは無いかと思うくらい、海にも緑の道にもゴミが落ちていない。
遠ざかる波の音を背に僕は緑が創ったトンネルの中を前へ前へと進んでいった。
緑を抜けたところには、道であろうものがあった。
道であろうと感じたのは、その直線がアートのように美しい青金色で伸びていたからだ。
何の素材で出来ているのだろうと想像してみたが、僕の記憶にあるどれも当てはまりそうになく、強いて言うならエメラルドやトルマリンといった石が一枚の板のように拡がっているような感覚。
この不思議な道はどこに続いているのか検討もつかない。
ただ、道があるということは人がいるであろう事がわかり、少しホッとした。
どちらの方に歩いて行こうかと思ったとき、右の方から心地よい風がふいてきて、太陽の光が差し、右の方の道が光った。
これまた不思議な体験だが、このサインに沿うのがよいのだろうという直感に従って歩くことにした。
この不思議な道は歩いた感覚も不思議だった。
歩けば歩くほど心地がよく、ずっと歩いていたくなるような感覚になるのだ。
浮いているような、フワフワと柔らかい感触があるような、それでいて足に負荷がかからない。
自分が魔法使いにでもなったような気分で、しばらくその感触を楽しんでいた。
この道を歩いていると不思議なことが起きた。
少し休みたいと思ったときには椅子が置いてあるところに出逢い、喉が渇くと水が飲める場所があった。
椅子も水飲み場も今まで見たことのない形ではあるものの、どう使うかは想像できて、思った通りに扱うと思ったとおりの状態になった。
一つ驚いたこととしては、そんな初めて見た椅子と水飲み場なのに、椅子は座り心地が最高で、自分の身体にあった形と堅さになっていて、水も今まで飲んだ中で一番美味しい水だったこと。
不思議ではあったが、とても有り難い気持ちでいっぱいになった。
道を取り巻く景色はずっとアートのような美しい自然とそれに溶け込んだ美しい創造物が続き、いつまで見ていても飽きない。
必要なものは必要なタイミングで出会うし、歩いていても心地いいし、ずっとこのままでもいいと感じるくらい幸せを感じていた。
そうして、歩くことに満足したくらいで目の前に街のようなモノが現れた。
街のようなモノと表現したのは「今まで見たことの無い形」であるが、なぜかそれを街だと認識していたからだ。
目の前に拡がる街に近づいてくることにワクワクしながら、その街を目指して僕は歩いて行った。
街には境という境はなく、気が付いたら街にいたという感じだった。
街には様々な建物があり、見たことのない形のものも多いが、上手く調和し美しさを感じるものだった。
そこには人がいて、とても自由に歩いている。
自由にというのはそれぞれの人が縦横無尽にそれぞれのペースで、気ままに歩いている感じだ。
それほど自由に歩けば、人と人がぶつかりそうなものなのに、人と人の間には余裕があって、ぶつかるような可能性を全く感じない。
そんな事を思いながら人を見ていると、知らない人から声をかけられた。
「こんにちは、ここは初めてですか?」
声をかけてきたのはとても優しそうな女性だった。
「はい、初めてです。でもどうして僕に声を?」
と僕が聞くと、女性はにこやかにこう答えた。
「はじめまして、この街に初めて来られた方を案内する、葵(あおい)といいます。この町についてお話ししたいなと思って声をかけました。」
「どうして、僕が初めて来た人だと?」
と聞く僕に対して
「それはわかりますよ、私の役目ですから。」
ニコッと当然のように答える葵さん。
あまりにも自然だったので、そういうモノなんだと納得してしまった。
ここがどこかもわからないし、これからどうしようかというタイミングだったので葵さんに案内して貰う事にした。
「ありがとうございます。ちょうど来たばかりでどうしようかと思っていたところでした。この町について教えて貰えると助かります。」
と僕が言うと
「はい、喜んで」
と葵さんは気持ちいい返事をくれ、続いて僕にこう問いかけた。
「それでは、あなたは何がしたいですか?」
突然の質問に「えっ」となったが、聞かれるがままにこう答えた。
「お腹が空いてきたので、ご飯が食べたいです」
すると葵さんは
「どんなモノが食べたいですか?」
「食べるのはどんなところで食べたいですか?」
「どのくらいの距離にあるところがいいですか?」
と立て続けに聞いてきた。
またまた突然の質問に対して僕はこう答えた。
「えっと、何か候補はありますか?この町に何があるのかがわからないので・・・」
すると、不思議な顔をして葵さんはこう言った。
「何でもありますよ、それこそ何でも。今、食べたいものをソウゾウしてみてください」
想像?と思いながら、自分が食べたいモノをイメージしてみることにした。
白いご飯に肉が食べたいな、柔らかいステーキを。味噌汁もあると嬉しいな。
ご飯は炊きたてだと嬉しい、肉は油が少ない赤身で、人参とブロッコリーにポテトが添えてあるといいな。
食べる場所はサントリーニのような青と白が基調の建物で、食べるところから海が見えると嬉しい。
ん、食べ物は何でもあると言っていたけど、でもこの近くに海はあるのか?
と思いながらも、葵さんに伝えた。
「ご飯にステーキが食べたいです。海が見えるような場所で、ただ出来ればここから近いところがいいですね。」
すると葵さんは笑顔でこう言った。
「では、目の前にあるあの建物に行かれてください。そこで食べられますので。」
さっきまで気づかなかったが、歩いてすぐの距離に青と白が調和した建物があった。
あまりにも自分が想像していたものと同じだったのでビックリしたが、案内されるがままその建物に向かった。
建物に入ると、天井の高い吹き抜けのエントランスがあり、そこにはまた感じのよい青年が立っていた。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
案内に沿って、歩いて行った先には大きな窓から海が見える席があった。
年期が入った木製の丸いテーブルに、クッションの効いた芸術的な形の椅子。
心地よい風が窓から吹き込んでいて、カーテンが揺らいでいる。
自分が想像していたよりも遙かに豊かな席に僕は喜びに溢れていた。
「こちらの席でよいでしょうか」
何も伝えていないのに、予想以上の場所へ案内された僕は
「想像以上の場所です。ありがとうございます!」
と興奮気味に答えていた。
「私もご一緒してよろしいでしょうか。」
座席のそばまでついてきてくれていた葵さんからの声。
興奮気味で存在を忘れていたことに少し申し訳なさを感じながらも、まだこの町の事を聞きたいし、一人でこの風景を楽しむのはもったいないと思い
「もちろんです。」
と僕は答えた。
座席についてしばらく僕は心に染み渡るような景色を眺めていた。
ここはどこだろうという事よりも、この瞬間をただただ味わいたいと感じていた。
どこかで見たことのあるような、それでいて見たことの無い美しい世界に浸っていると、お腹が鳴った。
「おまたせしました」
と店員さんが、ステーキを持ってきた。
オーダーをした記憶がないが、葵さんが頼んでくれたのかもしれない。
ご飯にスープ、サラダも運ばれてきてちょうど食べたかったものが全部揃っている。
ふと「あれ?お金を持ってきただろうか」と頭をよぎり、ふと横を見ると青いカバンがあった。
いつも持っている青いカバンだ、この中にサイフもある。
よかったと胸をなで下ろしている間に目の前に美味しそうなステーキがジュージューと音を立てて運ばれてきた。
「今日一番のステーキです、お召し上がりください」
と店員さん。
「ありがとうございます!」
その一言で何だかとても嬉しくなり、お腹の底から声が出た。
「それでは、ゆっくりとお過ごしください」
と店員さんが去って、よくよく目の前に並んだ食事を見てみると、全て青の美しいお皿に盛り付けられている。
青は食欲をそがれると言われる事があるが、むしろ食欲をそそる青い色で「こんな色のお皿もあるんだな」と僕は感心していた。
「では,食べましょうか」と葵さんに言われ、「いただきます」と食べ始めた。
本当に美味しいものを口にしたとき、時間が止まる。
一口食べた瞬間、今まで食べた事のないステーキの味に、僕は時間の感覚を忘れ、ただただ喜びに浸った。
一通り感じきったあと「ほんとうに美味しいですね」と葵さんに伝えると、葵さんが一言。
「今、一番食べたい味が出てきていますから」と微笑んだ。
どういうことだろうと頭によぎったが、ご飯もサラダもスープも絶品でどうでもよくなってしまった。
とりつかれたように口に運んで、気が付いたら全部のお皿が空になっていた。
ふと目を移すと、葵さんもお腹が空いていたのか、食べ終わっていた。
食べ終わった後「食後にコーヒーでも」と思ったタイミングで、店員さんが「食後のコーヒーです」と持ってきた。
絶妙なタイミングで、しかも青いカップ。
これまた嬉しい氣持ちになり「ありがとうございます」と伝えて、コーヒーを受け取った。
コーヒーを口に運び、一息ついたところで僕は葵さんに一言
「すでにオーダーを出してくださっていたんですね、ありがとうございます」
とお礼を伝えると、葵さんからは
「あら、オーダーを出されたのは青さんですよね。私はそれに付き合っただけですよ」
と微笑んだ。
葵さんに合ったときに希望を出したのは確かに僕だけど、お店に入ってから誰かに言った覚えはない。
お店に超能力者がいるのかと思っていたところ、それを感じたのか葵さんが続けた。
「ここは青の世界。想像したものが創造されます。」
言われてみると、ここに来るまで「これが欲しい」と思ったら、すべて絶妙なタイミングで出てきた。
しかも、僕が喜ぶような形で。
あの美しい道路も水飲み場も、この街もご飯も。
確かに「こんなところがあるのか」と思っていたが、想像できる範囲のものばかりだったし、大きな違和感はなかったのだけど、初めて自分が相当な異世界にいることを認識した。
「もしよかったら、どこかのカフェでもう少しこの世界のことを教えて貰えませんか?」
いったいここはどこなんだと、色々と葵さんに聞いてみたくなり僕は言った。
「えぇ、もちろん。そのために私がいますから」
と変わらない笑顔で葵さんが答えてくれた。
コーヒーを一通り飲み終わり、カフェへ向かおうとお店の出口へ向かう。
来た時は気づかなかったが、美しい青の芸術があちこちにあり、一日中ここにいられそうなところだった。
そうして出口が近づいてきたところに店員さんがいて「ありがとうございました」と声をかけてくれた。
このお店を紹介してくれた葵さんの分も支払おうと「いくらですか」と店員さんに尋ねると、驚きの言葉が返ってきた。
「どうしたいですか?」
「え、どうしたい?お金を払わなくてもいいということ?」と思いながら、尋ねてみた。
「どういうことが出来るのですか?」
すると、店員さんは笑顔でこう答えた。
「お客様がやりたいことをやっていただければいいです。ありがとうと言ってこのお店を出られても構いません。お金を支払いたければ、支払っていただければそれもOKです。」
僕は予想していなかった回答に戸惑いながらも、もう少し聞いてみた。
「やりたいこととは、お金をお支払いするしない以外でもあるのですか。」
店員さんは答えた。
「はい、ここで何か感じたことを伝えてくださるのもいいですし、何か演奏したいということであればそれもまた一つ。お店のお手伝いをしたいというのであってもOKです。」
ただ、と店員さんは続ける。
「お客様が最も喜んでやりたいと思うことをやっていただけると、私どもも嬉しいです。」
当然のことのように言われたこの言葉に、当然のようで当然出ない不思議な感覚になってしまった。
ここが異世界という認識がなければお金を支払うという選択をしたが「一番の喜び」という言葉に感化され、自然とこう言っていた。
「今度、このレストランでお話会をさせてください。」
すると、店員さんは満面の笑みで「喜んで」と返してくれた。
ただただ、それだけの言葉だったのに、わき上がるような喜びを感じ、大きな感謝と共にそのお店を出た。
「自分のやりたい事をやる」には大きな喜びが伴う、それが自分の役目としてやっている事であったらなおさら。
それを美味しいご飯を食べさせて貰ったところでやれるというのは、なんて至福なことなんだろう。
この世界に来てから、喜びに喜びが重なり、喜びが溢れている。
そして「自分に出来る事なら何でもやりたい」という想いが自然と湧いてきて「今なら何でもできる」という万能感さえ出てきた。
この溢れてくるエネルギーに対して、更に喜びを感じ世界が輝いて見える。
そんな、僕の方を向いて葵さんが一言。
「ようこそ、青の世界へ」
何か大きな事がここから起きそうだと期待を膨らませて、僕はこの世界を歩き始めた。
この物語は「青の世界」を表現したものです。
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